40 ヘビーローション

妄想エッセー

 
昨年、ほぼ休みなし連日深夜までの仕事に過労状態でなおも机に向かっていた時、彼から突然のように電話があった。彼とは、以前Column(こちら)に登場したT安君である。私の同級生でありながら博士である彼からの電話は開口一番「おまえ、肌が荒れてないか?」だった。
 
唐突に何を言うんだと思ったが、改めて自分の腕とかを見つめてみると、荒れているとうか皺が深くなったような気がした。そういえば、皮膚は神経と密接な関係があるのでストレスによって肌荒れが発生してもおかしくなない。実際、同僚の若い女の子は手にストレス性肌荒れをおこしていた。
 
「何で、そんなことが分かるんだ?」と問うと、「おまえのFacebookやTwitterを見てると、長期間まっとうな時間に帰ってないから。」という返事が即答で返ってきて そういうことかと納得。
 
で、T安君曰く「お疲れのおまえに丁度いいものがある。ちょっとアレだけど…。」疲れと寝不足のため鈍い頭で「丁度いいものって何?ちょっとアレって何?」とういう言葉をようやく紡ぎ出したら。「うん、物というのは、まあ、言わばボディーローションみたいなものだ。効果はあるんだが材料がな…。」って言葉を濁すので、もったいぶらずに言ってくれと応えた。
 
そしたら、彼がインドへ出張に行った時の土産で、ヘビを原料にしたボディーローションという答えが返ってきた。ぼんやりとマムシ酒みたいなものを想像したが、そうではないらしく相変わらす言葉を濁しながらT安君が話すもんだから途中で寝落ちしそうになり、そこから先は記憶がすっぽり抜け落ちた。
 
で、そのまま過労な日々が続いて、すっかりその事自体を忘れていたが、職場も異動になり、ようやく慢性的な疲れから少し体調を戻しかけた先月になって自宅のPC机の下から、その時に彼が送ってくれた土産の入ったゆうパックを見つけたので開けると何やら ごま油の容器に似た形をした紫色のガラス瓶が出てきて、いかにもインドという雰囲気のラベルが貼付けてあった。
 
さて、これを試してみるべきかであるが、同封されていた変な英語で書かれた説明書をなんとか読んでみると、たった1回全身に塗るだけで3週間程したら生まれ変わったような肌になりますということが書いてあると何となく理解できた。
 
昔から何にでも興味を持ってしまうと抑えが効かないという哀しい性格の私は「ヨシ、試してみるか!」の独り言で理性の鍵を開け、その一見 水のようなサラサラしたローションを湯上がりに全身くまなく塗ってしまった。
 
塗って数日間はドキドキしながらその効果を気にしていたが特に変わった様子はなく、現在の職場は隔週末が出勤という変則的な出勤形態なので、曜日の感覚がなくなているせいか日にちの経過が判らなくなってローションの効果のこともすっかり忘れていたのだが、数日前から何だか首の付根より少し下あたりの背中に痒みというかムズムズ感のようなものを覚えるようになってきた。それで、たまたま本屋で買った川上弘美の「蛇を踏む」を読んでいる時にフラッシュバックが起こって、あの日以来すっかり抜け落ちていたT安君との会話が蘇ってきた。
 
棚から落ちてくるように思い出したその電話の内容だが、T安君には研究者繋がりでヘビの研究をしている知人がインドにいて、その人が何を研究しているかというとヘビの脱皮だった。ヘビは成長の過程はもちろん、成長が止まっても脱皮するのだそうだ。ヘビは鱗で覆われいるが、その鱗は薄い皮膚で繋がっていて普段は鱗の間に折り畳まれて分からないが、大きな物を飲み込んだ時に固い鱗はそのまま、柔らかい皮膚が広がって細い身体の中に獲物を飲み込める仕組みになっているとのこと。
 
それでもって、その仕組みを研究しているうちに その薄く柔らかい皮膚が脱皮に深く関係しているらしいことを突き止め、その皮膚成分を分析している過程で「ひょっとして、これを人の肌に応用したら人も脱皮するんじゃないか?」って思いついたらしい。さすがインド人、笛でヘビを操る人がいるだけではなく、数学で「0」の概念を発見した民族だけのことはあって発想がスゴい。
 
と、ここまで書いたところで背中が猛烈に痒くなった。文章を書いている場合ではない、背中を掻かなければ…。ところが生憎両肩とも○十肩で背中に手が廻せず上手く書けない、いや、掻けないーーーーーーーーーーー
 
う、わあああああーーーーーーーー
 
 
 
 
 
 
 
ふぅ。
 
なぜか着ていたはずの服や下着が床に散乱している。時計を見ると10分くらい経ってるし…。ん? 手を見るとすんごくみずみずしい。いや、手だけでなく腕も脚も顔も全身がツルツルの肌になってるではないか。気持ち的にもまるで生まれかわったみたいなリフレッシュ感に満ち満ちている。これがあのローションの効果ならスゴいんではないかっ!
 
ふと、足元を見ると何やら大きな油紙のような物が床の上でクシャクシャになった状態でカサカサ微かな音をたてている。
 
 
どうやら脱皮したみたい。
 
 

(2014.10.05作成)