出会う旅
作:武田宗徳
1 赤いオートバイ
雨が降り出してきた。私はレインウエアを着込んだ。そして、再び国道をひたすら走り続ける。雨のせいだろうか。これから仕事を休んで六日間ものキャンプツーリングが始まろうとしているというのに、何故私はこんなにも冷めた気持ちでいるのだろう。以前の私だったら気持ちが高ぶって今にも叫び出しそうになっていたはずだ。
これが最後のツーリングだからか?
そんな言葉が頭の中に浮かび、思わず首を振った。考えたくなかった。最後だからこそ楽しまなければならないのだ。そう自分に言い聞かせ、港にあるフェリー乗り場へと急いだ。
出発時刻に間に合い、フェリーに無事乗ることができた。2等船室には何組かライダーがいたが、私はなんとなくその輪に加わることなく、一人でぼんやりしていた。
フェリーはある島へ到着した。私がオートバイに乗ってフェリーから降りると、ターミナル横で赤いオートバイを停めて地図を開いている女の子が目に入った。先ほど2等船室で見かけた子だ。女の子はふと顔を上げて、私の方を見た。私はオートバイで走りながら控えめに手を振った。女の子は笑顔を返し、「気をつけて!」と声をかけてくれた。
それだけだったが、私の心は晴れやかな気持ちになった。これがきっかけで、忘れかけていたツーリングの魅力をもう一度思い出し、これから始まるキャンプツーリングが先ほどよりもぐっと楽しみになっていた。
単純なものだな。
冷静に自己分析した私は思わず苦笑した。
そのまま目的地に向け、愛車を走らせた。
2 再会
小さい島である。主要な道路はあっという間に走ってしまう。私は眺めのよい展望台に向けて、細く曲がりくねった道を登っていた。道を挟む左右の草地には草を食む牛があちらこちらに見て取れる。
いくつかのコーナーを抜けた先に私の目に入ってきたのは、偶然にも赤いオートバイとあの彼女だった。なんと牛が道路をふさいでおり、彼女は立ち往生していた。私もオートバイを停めた。自然に彼女に話しかけることができた。
「これは、参りましたね」
「でもこんな光景めったに遭遇しないよね」
彼女はそう言うと荷物満載のリアシートのバッグからカメラを取り出した。
「牛と愛車」
そんなセリフをおどけた口調で言う彼女に、私は思わずふきだした。よく見ると彼女のカメラは一眼レフのようだった。カメラに興味のある私はそれについて話しかけると、会話に花が咲いた。話はカメラのことからバイクツーリングのことへと移り、会話は途切れることなく続いた。
気づいたときには道をふさいでいた牛はどこかに行ってしまっていた。
私たちは向こう側に海が広がる丘の上にテントを張っていた。ごく自然に二人で一緒にキャンプしようということになった。
「ワインを買おうよ」
と彼女。
「二人で一本?」
とあまり飲まない私。
買い出しから戻ってきて、簡単な夕食を作る。この海の見える丘の上で二人きりの時間が続く。暗くなると、海の彼方にはイカ釣り漁船だろうか、漁り火が浮かび上がっていた。
夕飯を口にしながら、彼女の話を聞いていた。計画を立てない行き当たりばったりのツーリングが基本の彼女は、それが原因でいろんなハプニングを経験していた。私は時間を忘れて、彼女との会話を楽しんだ。
私は缶ビール一本しか飲めなかったが、彼女はワイン一本を含めその他の酒を全部飲んでしまった。
そして、午前0時を過ぎた頃。すっかり出来上がってしまった彼女は「星を見てくる」と言ってふらふら歩いて丘の向こうに行ってしまった。
いつまで経っても戻ってこないので気になった私は、彼女を捜しに行った。丘の向こうに行くと、彼女はいた。なんと地面に大の字になっていびきをかいているではないか。私は迷った挙句、彼女を抱きかかえて彼女のテントまで行くと、横に寝かせた。
なんて無防備な。
しばらく、彼女の寝顔を見ていた。
私も自分のテントに戻り、横になった。しばらく、寝付けなかったが、いつのまにか熟睡していた。
3 最終夜
私はフェリーに乗っていた。いくつか島のあるこの海の上にいる。今回のツーリングで最後の目的地である島に向かっている。明日でツーリングも終わりだ。
初日に出会った彼女とは翌朝別れたものの、ツーリング中に二度再会している。ソロツアラーにはそれぞれのペースや趣向がある。だから、気が合いそうでも、あえて一緒にツーリングしない場合もある。今回の場合もそうだ。
だが、ツーリングコースが似通っていたのだろう。彼女と二度すれ違った。そのときには情報交換するなどして、しばらく会話した。そのとき、彼女はこんなことを言った。
「私たち、お互いヘンなヤツだと思っていない?」
見知らぬ男と初めて会ったその日に夜を過ごす女と、その状況で何もしない男のことを言っているのだと、彼女の言い方でわかった。
「僕には婚約者がいる。そして、今回のツーリングが終わったら、その彼女と一緒にアメリカへ行くことになっているんだ」
私は何もしなかった理由の一つを、包み隠さず言った。だけどなんだろう。言いたくないことを言ったような、心が苦しくなるこの感じ。彼女とは長い人生でほんの一瞬すれ違っただけの人間になるに違いないのに、このまま別れてしまうのが何故こんなにも苦しく思うのだろう。
フェリーが島に接岸した。私はフェリーから降りて走りだした。主要道路をあてもなく一人でバイクを進めていった。
いつのまにか日が暮れてきた。私は計画通り、近くにあるシーズンオフのスキー場へ向かった。
バイクをスキー場に乗り入れると、見覚えのあるバイクが停めてある。なんとあの彼女のバイクがそこにあった。すると向こうから高い声が聞こえたと思うと、手を振りながら彼女が走ってやってきた。
二人で再会を喜んだ。当然一緒にキャンプする。夕飯を用意し、そこには酒もあった。ツーリング最終夜。彼女とは、もう会うことはないだろう。彼女のために何かできることはないか。
私は歌をうたってあげることにした。昔コーラスで鍛えた声量は普通の人には負けない自信があったのだ。彼女のリクエストは「はじまりはいつも雨」。
見上げると満天の星空。そして、時折流れ星がちらちらと走る。私は丁寧に力強く声を出して歌った。彼女の方は見ない。斜め上、輝く星空を見つめ、ただ歌った。
歌い終わって彼女の方を見ると、膝を抱えて肩を揺らしているではないか。
泣いている。
「鳥肌立っちゃったよ」
笑顔を無理して作りながら、おどけた口調で彼女は言った。何故だろう。何故彼女は泣いたのだろう。
翌日、再会を約束し、握手をして彼女と別れた。
彼女の涙の理由は何だったのだろう。私の声が彼女に響いたのか、あの輝く満天の星空という環境下で感激したのか、それとも…。結局、わからなかった。
4 エピローグ
私は婚約者と結婚し、アメリカへ渡った。新生活が始まっていた。新婚生活は幸せそのものだった。ただ、仕事とはいえ生まれて初めての海外生活には不安がたくさんあった。バイクにも乗っていない。
そして一年過ぎた頃だろうか。彼女から手紙が届いた。なんと、アメリカ横断しているのだそうだ。
彼女らしいな。
そう思い、思わず笑みがこぼれた。
同じ大陸にいるのか。
会いに行こうとは思わなかった。ただ…と私は思う。また偶然ばったり会えないだろうか。ツーリングでなくても、街でも駅でもなんでもいい。偶然会えたら面白い。そういう形で再会したい。そんな出会いを、もう一度彼女としたい。
それが、彼女との出会い方だと思うのだ。
(原作:伊依粒)
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